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東京高等裁判所 昭和35年(う)86号 判決

控訴人 被告人 佐藤興太郎

弁護人 遊田多聞

検察官 倉井藤吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人の弁護人遊田多聞提出の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一について

しかしながら、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示事実はその証明ありとするに十分で、所論に徴し記録を精査しても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認が存在するものとは考えられない。所論は、原判決が証人町田留松(司法巡査)の原審公判廷における供述を罪証の用に供し、よつて犯罪事実を認定したことを攻撃し、右証言は信憑性がないから、これを罪証の用に供した原判決は採証の法則に違反していると主張するのであるが、同証言の内容を原審において取調べられた他の証拠と比較検討してみても、所論の如く信憑性がなく罪証の用に供し得べからざるものであることはこれを認めるに足りない。却つて原審第三回公判調書の記載によれば、被告人は検察官に取調べられたとき「どうして停止しなかつたか」と尋ねられ「安全だから」と答えた旨供述している位であつて、なお、原審において検察官から刑事訴訟法第三百二十八条に基き被告人の公判廷における供述の証明力を争う趣旨で提出された被告人の司法警察員に対する供述調書及び右町田留松作成の犯罪事実現認報告書の記載によつても、被告人が警察官に対し同様の供述をしていたことが窺われるのであるから、右証人町田留松の原審公判廷における「被告人は本件踏切通過に際し一時停車をしなかつた旨」の証言は信憑に値するものというべきであつて、ひつきよう、被告人が本件踏切を通過しようとするに際しては一時停止の義務を怠つたというのが事実であつたと認めるのが相当であり、右町田留松の証言の信憑性を云為する所論は理由がないものといわなければならない。これを要するに、原判決には所論のような採証法則の違反ないし事実の誤認は存在しない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二について

所論は、本件は道路交通取締法第十五条但書にいわゆる「その他の事由により安全であることを確認したとき」に該るから一時停車は必要ではなかつた旨主張し、その理由として(1) 、本件踏切には以前から踏切番屋が設置され踏切警手が常時勤務し、且つ(2) 、遮断機が設置され何らの故障なく操作されており、又(3) 、踏切内の通行人が僅少であり、更に(4) 、踏切直前において左右の軌道内を見通し得る場合であり、遮断機は上げられており、通行人及び車馬の通行を自由に許している状態であつたから、この状態自体が「進め」を表示していたものである等の事由を挙げている。

しかしながら、軌道の踏切に番小屋が設置され、踏切警平が勤務しているだけで、踏切警手が何らの交通上の指示をもしていないと認められる本件においては、一時停車の義務が免除されるとは考えられないし、また、踏切に遮断機が設置されており、それが開放されていたとしても、それだけでは信号機の表示又は信号人の指示により安全であることを確認した場合に該らないのはもちろん、その他の事由により安全であることを確認したというに足りないと解する外はない。けだし、踏切警手の役目は、専ら当該軌道上を走る電車等の通過の安全を看守することを第一義とするものであるから、遮断機の操作もおのずから電車等の通過の安全を当面の目的とし踏切の横断をはかる車馬及び通行人の通過安全をはかるのは第二義であるのに過ぎず、遮断機の開放という一事だけで法に定められた信号機の表示又は信号人の指示と同程度の安全度が確認され得るものと認むべきではないから、この見地からして遮断機の開放を踏切警手による踏切横断の車馬等に対する特別の交通上の指示であると解することはできないものといわなければならないのである。のみならず、原審検証調書の記載によると、被告人が一時停車したと指示した地点から左右の軌道路線を見分した結果は、左方においては路線北西側家屋、右方においては北東祖師ケ谷大蔵駅ホームに遮断されて路線の直線的視野はきかない旨記載されていて、軌道上の見通しは良好ではないことが認められるから、被告人が自動車を運転して本件踏切を通過するに際しては、一時停車を怠ることなく細心の注意をもつて自他の危険防止をはからなくてはならなかつたものといわざるを得ない。その他、踏切内において通行人が僅かであつたか否かの如きは車馬の一時停車義務の有無とは直接関係があるとは認められないところであり、これを要するに、以上の説明と結論を同じくする原判決の判断は相当であつて、原判決には何ら法令の解釈、適用の誤りは存在しない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 東亮明 判事 井波七郎)

弁護人遊田多聞の控訴趣意

第二点原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用を誤つた違法があるものと思料する。

道路交通取締法第十五条は「車馬又は軌道車は鉄道又は軌道の踏切を通過しようとするときは、安全かどうかを確認するため一時停車しなければならない但し信号機の表示、当該警察官又は信号人の指示その他の事由により安全であることを確認したときは、この限りでないと規定し、その本文においては原則として一時停車の義務あることを定め但書において例外的に一時停車の義務のない場合を定めているのである。即ち「信号機の表示、当該警察官又は信号人の指示」のある場合はもとより「その他の事由」により安全であることを確認した場合には一時停車すべき法律上の義務のないことを明定しているのである。そこで本件の如く〈1〉本件踏切には以前から踏切番屋が設置され踏切警手が常時勤務し且つ〈2〉遮断機が設置され何等の故障なく操作されており〈3〉又踏切内の通行人が僅少であり更に〈4〉踏切直前において左右の軌道内を見通し得る場合に、当該遮断機が上げられており通行人及び車馬の通行を自由に許している際には当該遮断機が上げられている状態自体が「進め」を表示しているのであるから本条但書の「その他の事由により安全であることを確認したとき」に該当するものと解すべきである。このことは見通しの十分なる田野にある無人踏切の通過に際し一時停車の義務なきことに想到すれば一層明確に理解されよう(本件において遮断機等に何等故障なく操作されていたことは当時踏切警手が居り、これを操作して居たこと並に町田留松巡査が、本件踏切に向つて佇立して交通取締に当つていた事実から明らかである)されば本件の当時の状況下においては交通取締の指導上の便宜処置はしばらく措き、法的には被告人には一時停車をなすべき法律上の義務のなかつた場合に当るものと解するのを相当とする。然るに原判決は「遮断機が降下していないという消極的な事由に止まるときは、その原因が遮断機の故障又は操作者(踏切警手)の疾病その他の事由による場合(本件においては斯る場合が全く無く寧ろ何等の故障等が無く平常通り操作されていた場合であることは前記の通りである)もあり得るので斯る場合には踏切警手等が特に「進め」の指示を為し居らない限り同条本文の原則を厳守し安全かどうかを確認するための一時停車を為すことを要するものと認められる」と判示し本件の情況下における場合の遮断機の意味する内容についての同法但書の解釈を誤り同条本文を適用した誤りがあるものと謂うべきである。原判決はこの点においても破棄を免れないものと思料する。

(その他の控訴理由は省略する。)

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